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2016年2月 2日 (火)

号泣元県議」騒動に見る司法の劇場化(終)

 前にも述べたとおり、私は、今回の勾引状の発付及び執行は、裁判所の「行き過ぎ」だったと考えています。たしかに昨年11月、「号泣元議員」が第一回公判期日をドタキャンしたことは褒められたことではありません。しかし、マスコミに取り囲まれ、日本中8世界中?)が注目している事実を目の当たりにしたことで、被告人が精神的な不安定状態になって出廷不能に陥ったことは十分に理解可能なことです。そして、その最たる原因が彼自身の抱える「精神的疾患」にあることも十分に推察可能なことです。

 被告人は「病気が原因」などとは言っていませんが、少なくとも弁護人を通じて、感情や理性のコントロールが出来ない不安定な状況であるという趣旨の弁解をしています。しかし、このような被告人の弁解は、裁判所にはただの「甘え」にしか映らないようですね。裁判所は、「今度こそ何が何でも被告人を法廷に引っ張り出すぞ!」という確固とした信念と執念をもって勾引状の発付と執行に至ったようですから。

 私は当初、今回の勾引状は、被告人が「任意の出廷」を拒んだ場合に備え、強制的に連行可能なアイテムとして「予備的」に用意されたものと考えていました。勾引状が出たとわかれば被告人も下手な抵抗をせず、素直に「任意出廷」するだろう…と言う発想です。ところが、裁判所の考えはむしろ「強制連行(=勾引状の執行)ありき」だったようです。仮に被告人が任意出廷の意思を明確に表示したとしても、そんなことはお構いなしに「問答無用」で強制的に連行する構えだったわけです。私って読みが甘いですね…。

 しかし、それってどうなんでしょう。前にも述べましたが、一般的な刑事事件で在宅起訴された被告人の場合、たった1回公判を欠席したくらいで勾引状が発付されたりその執行を受けたりすることはありません。公訴事実を否認した途端に「在宅」から「勾留」に切り替わるというのも、ちょっと普通ではお目に掛かれません。その意味では「号泣元県議」はすごい「特別扱い」なのです。世間が注目している著名事件だから特別な措置を取る…というのは、明らかに不公平かつ不当な取扱いであり、公平かつ適正な手続を旨とする裁判所のすることではありません。

 刑事事件に詳しい先輩弁護士から「これは『劇場型』というより『激情型』だ」とのご指摘を頂戴しました。被告人が第一回公判をドタキャンしたことで、裁判所が「なめられた」と感じたことは確かでしょう。「馬鹿にされた」という思いは、大きな「怒り」の感情を生むものです。裁判官だって人の子ですから、そのために正しい判断から逸れてしまうことだって絶対にないとは言い切れません。

 ところでこれは余談ですが、「号泣元県議」が収容された「神戸拘置所」は神戸市北区の小高い丘の上(山の中)にあり、暖房設備がないため冬の厳寒季を過ごすのは結構ツライと思われます。かつて、拘置所職員が監房の窓を閉め忘れたために被収容者が凍死した…という痛ましい国賠事件が起きた「いわくつき」の拘置所なのです。そんな「地獄」のような場所に「心の準備」もないまま放り込まれた被告人の運命や如何に…などと、ちょっぴり同情してしまう私です。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!

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