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2013年8月 9日 (金)

日本語があぶない(2)

 一昨日(2013年8月7日)、自由民主党の溝手顕正参議院議員会長が「勢いの良い首相の下だと、馬鹿でもちょんでも…」などと発言し、ただちに撤回を余儀なくされる出来事がありました(TV朝日の報道では「ちょん」が省かれていたので、当初、意味が良くわかりませんでしたが)。「ちょん」は「朝鮮人に対する差別表現」とされ、「放送禁止用語」になっています。同様の理由から「馬鹿ちょんカメラ」も放送禁止です。

 しかし、「馬鹿でもちょんでも」という表現で使われる「ちょん」が「朝鮮人に対する差別表現」であると言うのは大きな「誤解」です。何故なら、この言葉は江戸時代から使われており、当時、そのような意味合いで使われた事実は無いからです。たとえば、明治3年~9年に刊行された滑稽本の「万国航海西洋道中膝栗毛」の中にも「馬鹿だのちょんだの野呂間だの」という表現が出てきます。

 江戸時代、公務につく名簿などに、筆頭名主は役職名と名前が書かれたのに、その他の大勢は「同じく」という意味で役職名を省略して「ゝ(ちょぼ:ちょん)」の下に名前だけが書かれました。これに由来し、「ちょん」が「取るに足りない者」の意味を持ち、転じて「まぬけ」「愚か者」といった「悪口」になった…とされています。

 その他にもいくつか説があるようですが、私自身は「ちょん」は「ちょっと」に由来するという説の方がわかりやすいと思っています。たとえは悪いですが(良い例が思いつかないので勘弁してください)、むかしの遊里での短い遊びを「ちょんの間(ま)」と呼びました。これは「ちょっとの間」がなまったものです。つまり「ちょん」には「短い」「寸足らず」の意味があり、ここから「足りないやつ」「半人前」という「悪口」に転じたという説です。

 いずれの説に依拠しても、元々の日本語の「ちょん」には「朝鮮人に対する差別表現」など微塵も含まれていなかったことだけは、わかっていただけると思います。

 しかし、所詮は「悪口」ですから、気持ちのよい言葉ではないでしょう。現代では「差別用語」と感じる人が存在することも事実ですから、「放送禁止用語」とされることに異議を唱えるものではありません。また、溝手参議院議員会長が発言を撤回されたことも適切であったと思います。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!
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