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2013年1月 9日 (水)

「喪中ハガキ」に想う(完)

 そもそも「服忌制度」について、旧来の家督相続による家制度を前提とするものであり、男系男子優先社会の「遺物」に過ぎない…という意見があります。すでに時代遅れで、もはや男女協働参画社会たる現代にはそぐわない…という批判的な意見です。

 確かに「服忌令」によれば、夫を失った妻の服喪期間は13ヵ月ですが、妻を失った夫の場合は90日です。また、「服忌令」の何処をどう読んでも、「妻の父母が亡くなった場合の、夫としての忌や服喪」についての規定はありません。その意味で、「服忌制度」が大きくバランスを失している事実は否めないのです。

 そうは言っても、「服忌制度」から端を発し、半世紀を経て出来上がった「喪中ハガキ」の風習が、そう簡単に無くなるとは思えません。

 昔は「喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させて戴きます」という文面だけで、いったい誰がいつお亡くなりになったのか、見当がつかないことが多くありました。最近は、「本年●月に●が●歳で他界しましたので…」と具体的に書かれたものが増え、事情が飲み込みやすくなりましたが、その反面で、服喪期間や対象親族がさらに拡大する傾向にあることには驚きます。

 私ごとですが、12年前に妻の父が亡くなった際、「喪中ハガキ」は出しませんでした。義父が亡くなったのが12月8日で、正月を迎える時点では「喪中」どころか「忌中」だったので、「喪中」と書くのはおかしいなぁ…と言うのが出発点でした。もちろん、私どもから年賀状を出すことは気持ちの上でも憚られました。

 そこで、その正月は、皆様方からはいつも通り年賀状を頂戴することにしました。そして忌が明けた2月以降に「寒中見舞い」として、義父が12月に亡くなったことや年賀を欠礼したことのお詫びなどを書いて皆さんに返信しました。その際に近況報告も簡単に書き添えたことは言うまでもありません。

 年賀状の風習をどのように捉え、1枚のハガキにどのような思いを込めるのか…は、個人的な嗜好に大きく関連しますので、「これだ!」という正解は無いでしょう。私の場合は、年賀状は「近況報告型」が良いと思っていますので、1年にたった1度のご挨拶&ご報告の機会を「無」にすることは、出来るだけ避けたいと思います。

 たとえ将来、父母が亡くなった場合でも「喪中ハガキ」は出さず、年明けに「寒中見舞い」を出すことで、年賀状に代わる「ご挨拶&ご報告」にしたいと考えています。

 そんな罰当たりな…という声も聞こえてきそうですが、是非、皆様にも「喪中ハガキ」の意義について一度はお考え戴きたい…と願っています。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!
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