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2013年1月 8日 (火)

「喪中ハガキ」に想う(3)

 「死の穢れ」を忌み嫌う風習のもとでは、「忌」の期間中は祝い事に出席できず、神社への参拝や祭りへの参加も許されませんでした。ただ、「忌」の期間は最長でも50日間です。故人との関係の濃淡によって期間が短縮されますし、「忌」が明けるとそのような「制限」も消えてしまいます。

 「忌明け」と称して積極的に神社に参拝する慣例がある地方もあり、神社本庁も「忌」の期間が明けさえすれば神事を再開して構わない旨をWEB等で公言しています。

 「忌」が明けて、「服(服喪)」の期間に入れば、社会的な関係での「しがらみ」は無くなるわけです。「服(服喪)」は、それぞれが故人を偲び、悲しみを断ち切り、今生での別れを納得するための期間ですから、むしろ銘々の内心の問題です。従来、服喪期間中は「喪服」を着て過ごすのが通例だったようですが、そのような風習も無くなりました。その面からも「服喪」は各自の内心の問題に集約されてしまった…と言えます。

 ところが、このような「忌」と「服(服喪)」とを混同する現象が起きています。「喪中だから」を理由に「結婚式に出席できない」「初詣に行けない」「年賀状を出せない」といった現象です。しかも、この場合の「服喪期間」は、故人との関係を問わず一律に1年間だと決めつけられているようです。

 ここでは2つの大きな誤解が存在しています。まずは「服喪期間」です。父母や配偶者を亡くした場合の服喪は1年でよいと思います。しかし、その余の親族まで一律に1年間の服喪期間というのは、前掲の「服忌令」に照らしても違和感があります。祖父母は6ヵ月、兄弟姉妹は3ヵ月、曾祖父母や伯(叔)父・伯(叔)母については喪中としない…という考え方も十分にあり得るところですし、そのような説明がなされている葬儀関係のWEBサイトもたくさんあります。

 そして、「忌」さえ明ければ、その後は「服喪期間中」(喪中)であっても、お祝い事に出席したり、神社に参拝したりすることに何ら問題がないことは上記のとおりです。初詣も年賀状も同じことですから、たとえ年賀状が出せない期間が存在するとしても、それは「忌」の期間だけのことになります。

 このように考えてくると、結局、「喪中」という理由での「年賀欠礼」は、本来的には意味がないことに帰着します。ただ、このような「喪中ハガキ」は、昭和30年ころから出現して50年以上も続いており、いまや一つの「風習」として定着してしまっています。

 さて、私たちはこの「喪中ハガキ」に、どのように向き合って行くべきなんでしょうか…(次回にて完了)。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!
http://mbp-kobe.com/lawyer-fujimoto/

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