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2013年1月 7日 (月)

「喪中ハガキ」に想う(2)

 明治政府が出した「太政官布告」の殆どは法令としての効力を失っており、この「服忌令」も例外ではありません。しかし、現代において「服(服喪)」を考えるとき、この「服忌令」も参考にせざるを得ないでしょう。これは、少なくとも終戦直後までは通用していた「法令」であり、国民一般にも適用された「はず」のものだからです。

 私がここで気になるのは、「服(服喪)」よりむしろ「忌」の方です。例えば、父母や夫の死に際しては50日間の「忌」が定められていました。「忌」の期間は仕事を休み、外出することも憚られました。故人の鎮魂に専心するとともに「死の穢れ」を家の外に出さない…というイメージでしょうか。

 「忌」は「禁忌」「忌み嫌う」の「忌」であり、明らかに「死穢(しえ)」に対するネガティブな態度が含まれています。参考になるのは、同じ「服忌令」の中に「穢(けがれ)」についての定めがあることです(ただし後になって削除されていますが)。

 その中で「死穢」について触れている一部を紹介すると、「家ノ内ニテ人死候時一間ニ居合候ハヽ死穢可受之敷居ワヲ隔候ヘハ穢無之一間ニ居合候トモ不存候ヘハ穢無…」つまり「家の中で人が死んだとき、同じ一間に居ると死穢を受けてしまう。敷居を隔てていれば死穢を受けない。同じ一間に居ても死んだことを知らなければ死穢を受けない…」と、かなり細かく規定されています。結構「死穢」にこだわっていることがわかりますね。

 ですから、「社会」に対する関係で重要だったのは「忌」の方です。「死穢」を職場などの一般社会に持ち込ませないための制度だからです。ただ、最長50日間もの「社会との隔絶」を要求されることは、「働かざる者食うべからず」という立場にある一般庶民にとっては非現実的なことですし、社会全体から見ても大きな損失を伴うと言えるでしょう。そうすると、実質的にこれの短縮を図ろうとする動きが出て来ても不思議ではありません。現代でいう「忌引き」の制度がこれにあたります。

 終戦後、官公庁や企業、学校では、親族に不幸があった際の「休暇」が決められるようになりました。一般的には「配偶者10日間、父母7日間、子5日間、祖父母3日間」といった期間ですが、現代では「身内の不幸に際しての休暇期間」という程度にしか理解されていません。しかし、あくまで「忌引き」の文字が残されていることに照らすと、当初は「忌の期間は引き籠るべし」との本来の趣旨が生きていた…と私自身は解釈しています。

 ただ、実質的に「忌」の期間が短縮され、「死穢を嫌う」という思想がどんどん希薄になるにつれて、「忌」と「服(服喪)」の区別が不明確になり、これらが混同されるようになったのではないか…と私には思われてなりません(続く)。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!
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