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2012年1月19日 (木)

聯合艦隊司令長官山本五十六

 映画「聯合艦隊司令長官山本五十六」を観てきました。これからこの映画を観ようと思う人は、まだこのブログを読まないようにしてください(笑)。

 私たち世代には、山本五十六元帥について「神格化」された形での情報しかインプットされていません。その意味で、この映画では「人間・山本五十六」を垣間見せようとする企図が見てとれますし、この映画を観て初めてわかったこともたくさんありますので感謝です。

 従来、真珠湾攻撃の失敗(敵機動部隊=空母部隊の取り逃がし)も、ミッドウェイ海戦の壊滅的敗北(空母4隻の被撃沈)も、私たち世代には、南雲忠一中将の「弱腰&判断の遅れ」が原因(敗因)だと教えられてきました。この映画でも原則的にそれと同じスタンスですが、それでも???と私自身が感じた部分があります。

 私が子どものころに漫画本や伝記もの等で得た知識はたくさんありますが、この映画で山本五十六元帥が、下戸であり、かつ、たいへん「甘党」であったこと、また無類の将棋好きであったことなど、全然知らなかった事実も幾つか出てきました。ただ、ミッドウェイの作戦遂行時に将棋を打っていた姿は、どうにも戴けませんでした(涙)。

 また、山本五十六元帥が、真珠湾攻撃の際に瀬戸内海にいた(聯合艦隊司令長官でありながら、実際には戦場に赴いていなかった)ことや、ミッドウェイ海戦時に、赤城などの空母群よりはるか500キロも日本寄りのところで戦艦大和に乗艦していた事実などには、少なからずショックを受けました。逆に、南雲忠一中将が、空母「赤城」の艦長を差し置いて自ら操艦を担当し、結果、敵の魚雷を何本も無事に回避出来た…などという実話は、「歴史の闇」の中に葬り去られてしまっています。
 
 山本五十六元帥が、最後までアメリカとの交戦に反対されていたことの「慧眼」は置くとして、いずれにせよ交戦を余儀なくされた以上、最善を尽くすことこそが軍人の務めではないのでしょうか。その意味で、真珠湾攻撃の際に第2次攻撃を指示しなかった(遠すぎて指示出来なかった?)ことや、ミッドウェイ海戦の際に、本来、空母群より前方(敵寄り)に出て然るべき戦艦大和(しかも「旗艦」)が、500キロも前線後方に居た(しかも無線封鎖して赤城と連絡をとっていなかった)なんて、私には到底信じられません。

 これで、日本海軍が太平洋戦争の初期段階において米国海軍を打ち破れなかったこと…の本質的理由がたいへん良くわかりました。「常在戦場」を座右の銘にしていたはずの山本五十六元帥は、もっとも戦場から遠くにいた…と言うわけなのですから(涙)。

兵庫県弁護士会/神戸市中央区/藤本尚道法律事務所
職人かたぎの法律のプロ、弁護士藤本尚道です!
http://mbp-kobe.com/lawyer-fujimoto/

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